トヨタ自動車は、13日から開催された「東京オートサロン2023」に、1983年デビューのカローラ・レビンとスプリンター・トレノのパワートレインコンバージョン車(動力機関を積み替えた車両)2種を出展した。「AE86」の形式名で知られる、人気の国産旧車である。
レビンは、エンジンを降ろし、代わりにバッテリーとモーターを搭載し、電気自動車にコンバート。トレノは、1.6リッター 4バルブツインカムの4A-GEUをベースに、気体水素用のインジェクターと水素タンクを搭載して水素エンジン化したモデルである。
さて、これは一体どういう意味だろうか? 根底にあるのは、2つの水素の使い分けである。現在トヨタは水素を使うパワートレインを2種類開発している。1つはMIRAIに搭載されている燃料電池であり、もう1つはスーパー耐久に参戦して実証実験中の水素エンジンである。
電気自動車(BEV)と燃料電池車(FCV)の違いは
燃料電池とは、要するに「FCスタック」と呼ばれる発電システムで、水素を化学反応させて発電する化学発電機であり、電気の生成後は、電気自動車(BEV)と同様にその電力を使ってモーター駆動で走行する。
燃料電池車(FCV)とBEVは、システムとしてはどちらもエネルギー源が電気であり、外部電力をバッテリーに貯めて、バッテリーの電力でクルマを走らせるか、FCVスタックで化学発電しながらクルマを走らせるかの違いである。
厳密に言えばFCVも余剰電力を貯めたり、回生時の電力をストックするために容量の小さいバッテリーを搭載したりしているが、それはあくまでもシステムを補完する意味合いである。基本としては。電気を溜めて走るか作りながら走るかの違いがFCVとBEVの違いだと認識して大きな間違いはない。つまり大雑把に言えば、FCVとBEVは広義にはどちらも電気自動車であるといえる。
対して水素エンジンは、根本的に別物だ。分類として内燃機関であり、ガソリンの代わりに水素を燃やして動力を得る。当然エンジン車のくくりに入る。要するにトヨタは水素を使った電気自動車と水素を使ったエンジン車を同時に開発している。両者がたまたま水素を使うので、混乱を招いているかもしれないが、動作原理は全く似ても似つかない別物である。
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トヨタのFCVとBEVはどちらが優秀なのか
トヨタが2つのシステムを並行開発しているとなれば、そのどちらが優秀なのかということは、普通気になるだろう。しかもどちらか分からないのならばともかく、実は結論は出ている。同量の水素からより長距離走れるのは明らかにFCVであり、おそらくは多少の技術の進歩があっても、これがひっくり返ることはない。軍配は既にFCVに上がっている。だったら何で水素エンジンを作るのか?
超長期的未来において、水素が環境負荷なく、大量かつ安価に作れるとすれば、水素の時代がやってくるだろう。しかしわざわざ条件を書き添えたように、今の時点で言えば水素には製造上の問題がある。コストがいくら掛かってもいいのなら水素には環境負荷の低い製造方法があるが、現実的なコストではまだそれができない。だからコストとの長い戦いが待っている。その面ではBEVに一日の長がある。
もちろんバッテリーもまた、原材料の量的問題、コスト的問題、インフラの整備などの課題がある。しかし自宅の普通充電で一晩かけてゆっくり充電し、その航続距離の中で走行するのであれば、運用面においてもう問題はない。あとはイニシャルコストの問題が残っているが、それは今後の資源相場と技術開発次第といえる。
というわけでBEVとFCVの相互の積み残し課題が徐々に解決されていく過程においては、航続距離が短くて構わない場面ではBEVが選ばれ、長距離を移動しなければならない車両にはFCVが選ばれることになる可能性が高い。
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問題は規制のタイミング
しかし、そこで問題となるのは規制のタイミングである。世の中では2050年にカーボンニュートラルを達成するには、“ちょっと頑張れば何とかなる”といった形で伝えられているが、そんなに簡単な話ではない。
そもそもクルマは耐用年数が長い商品である。乗用車ですら平均13年(国内)といわれている。つまり平均値で見ても37年には、CO2を排出するシステムが廃絶されていなければならないことになる。
もっと言えば、「カーボンニュートラルを達成する」ことが目標であるなら、平均で見ても仕方がない。偏差にもよるが、多少乱暴に平均が中央値だとみなすならば、その時点で半数がまだカーボンニュートラル化できないということになる。堅めに見れば7年後の30年くらいにはゼロエミッションに移行しておかないと難しい。
そんなことはいくら何でも無理だ。7年後に購入できる新車はBEVかFCVに限る規制を作る。最廉価な軽で250万円、登録車なら400万円。以後BEVまたはFCV以外の保有車の走行を段階を追って禁じていく。禁じられた人はクルマの所有をあきらめるか、前述の価格のクルマを買うしかない。それができて初めて50年のカーボンニュートラル化達成ということになる。
しかもこれが耐用年数の長い商用車だとどうなるか? こちらは20年は平気で使われる。場合によっては30年だ。こうなると、今すぐ対応してももう間に合わない。手遅れのタイミングに入っている。
だから今さら、商用車の新車だけに手を打ってもそれだけでは足りない。乗用車は少しマシとはいえ、現実的に考えれば、既に路上を走っている保有のクルマについてのカーボンニュートラルを考えなければ、どんどん状況が悪化するばかりである。
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期待は水素エンジンへのコンバージョン
そこを解決する手立てがコンバージョンである。要するに既に路上を走っているクルマを改造することによってカーボンニュートラル化し、新車のみならず、保有車両の面からも総合的に脱炭素を進めようという考え方である。
このための手段としては、水素エンジンは極めて有望である。保有の車両をカーボンニュートラル化するという意味では、FCVもBEVも、コンバージョン作業のコストが、おそらくは新車購入より高くなってしまうが、水素エンジンはその面でコスト的に優位であることは間違いない。だからトラックの、しかも保有の車両をカーボンニュートラル化するとすれば水素エンジンへのコンバージョンが期待されるのである。
トヨタ自動車ブースでの豊田章男社長のスピーチから抜粋すると、このモデルの意義については以下のように説明されている。
「多くの自動車メーカーが、2030年から40年頃をターゲットにバッテリーEVへのシフトを目指しています。ところが現実には、これから売り出す新車をEVにするだけでは2050年のゼロカーボンは達成できません。
86をコンバージョンした技術は、まだまだこれからですが、本日、こんなお話をさせていただくことで、クルマ好き達がカーボンニュートラルで大好きなクルマに乗れなくなっちゃう……と寂しく思うのではなく、クルマ好きだからこそやれるカーボンニュートラルがあるんだと、未来にワクワクしていけたなら今年、世界に向けて、大きなメッセージが発信できるのではないでしょうか?」
実は22年9月、スーパー耐久の茂木(栃木県)で、豊田社長と立ち話をする機会があり、そこでこの話を提案したのは筆者である。
ネットを見ていると、「FCVがあるのに、効率で劣る水素エンジンの開発などという無駄なことをなぜトヨタは進めるのか」という意見が散見されていた。もちろんトヨタは水素エンジンの実証実験の最初から、商用車のコンバージョンについては念頭に置いていたし、質問すればそう答えてもいたのだが、モータースポーツのカーボンニュートラル化というもう1つのテーマのメッセージ性の強さの前に、あまり報道されてこなかった。
だからこそ、筆者は「年明けのオートサロンに、AE86の水素コンバージョンを出品して、保有のクルマのカーボンニュートラル化を訴求したほうが良いのではないか」と提案したのである。
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豊田社長が訴えたかったこと
実際のところ、水素タンクにスペースを大きく侵食されるので、乗用車のコンバージョンはまだまだ難しいと思うが、歴代トヨタ車の中で時代を越えて愛されるAE86が水素コンバージョン可能という話は、「古いクルマでもカーボンニュートラル化できる」というイメージ作りにぴったりで、なおかつオートサロンというイベントにも整合性が高い。
馬鹿正直に古いトラックを持ち込んで発表しても、話題にならないのは明白だ。だからこそAE86をベースにすべきなのだ。もちろん水素エンジンコンバージョンの本筋は明らかにトラックで、もっと言えばより耐用年数が長い大型車両のほうがマッチングが良い。なにしろ車両入れ替えのコストも高いので、コンバージョンで延命できるのであれば、多少のコストを吸収できるからだ。
技術的に言えば、直噴ディーゼルユニットは、その多くが過給エンジンである。水素エンジンのポイントはこの直噴と過給にあるので、大型のディーゼルトラックは水素コンバージョンへの適性が高いのだ。
豊田社長の言う、古いクルマを大切に乗る人たちを救うのは、むしろ水素エンジンよりはe-fuel(合成燃料)の役割だと筆者は思っている。あのポルシェも、歴代911のオーナー向けにe-fuelの開発を進めている。e-fuelは、例えば国内で言えばJISが規定する燃料の規格としてはガソリン(または軽油)なので、クルマをほぼ無改造のまま運用できる(厳密に言えばアルコール分が加わるので腐食対策として配管などの一部を交換する必要がある)。e-fuelは、水素をさらに加工して作るため、価格はおそらく高いが、趣味で乗る旧いクルマは大抵年間で1000キロくらいしか走らないので、影響は少ない。
という具合に細かく言えばかなり複雑なので、ここはあまり厳密な話をせずに、カーボンニュートラルを本気で目指すならば、全体として保有のクルマに何らかの手立てが必要だし、そうすることで、誰1人置き去りにしないカーボンニュートラルが可能になるということを豊田社長は訴えたかったのだろう。
空理空論より、いまできること。それを確実にやっていくことこそが未来を現実化することだ。オートサロンの場で明らかになったのは、保有車両のカーボンニュートラル化を語らずに50年のカーボンニュートラルは実現できないという、これまで注目されてこなかった現実である。
筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)
1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミュニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。
以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う他、YouTubeチャンネル「全部クルマのハナシ」を運営。コメント欄やSNSなどで見かけた気に入った質問には、noteで回答も行っている。
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2023-01-15 23:06:00Z
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