日本銀行で戦後初の学者出身となる植田和男総裁が9日に就任し、新生日銀がスタートした。米欧発の海外経済減速や金融不安への懸念が広がる視界不良の中で、賃金上昇を伴う持続的な物価2%の実現を目指す。10年続いた黒田東彦前総裁の体制から引き継いだ大規模かつ複雑化した金融緩和策の混乱なき修正も課題となる。
日銀総裁候補として臨んだ2月下旬の国会での所信聴取。植田氏は、持続的な物価2%が見通せる状況になった場合の金融政策の正常化、2%が困難な状況下での副作用軽減と緩和継続という方向性の異なる政策判断を「誤らないようにすることが私の最大の使命だ」と語った。
それから1カ月半の間に米シリコンバレー銀行の経営破綻や金融大手クレディ・スイス・グループの救済合併など米欧で金融不安が発生。不透明な外部環境が日本経済の先行きにも影を落としている。植田新総裁の当面の政策課題は、金融政策の正常化よりも、いかに副作用を軽減しつつ金融緩和を続けていくかになる。
焦点は海外金利や物価上昇をきっかけに市場機能の一段の低下や過度な為替変動などの副作用が露呈したイールドカーブコントロール(長短金利操作、YCC)政策の取り扱いだ。植田氏は以前から寄稿などで問題点を指摘し、所信聴取でも「さまざまな副作用を生じさせている面は否定できない」と語った。
植田氏が3月20日付で新副総裁に就任した氷見野良三、内田真一の両氏と共に臨む今月27、28日の金融政策決定会合に向けて、市場の緊張感は再び高まりつつある。米欧の金融不安を受けて先月に一時0.25%割れの水準まで急低下した長期金利は、早期の緩和修正観測が再燃する中で、日銀が上限に設定する0.5%に接近している。
「魔法のような特別な金融緩和政策を実行するということではないと思っている」。植田氏は、所信聴取で理想の金融政策について聞かれ、そう答えた。
拙速な政策判断は回避か
植田氏は7年間務めた日銀審議委員時代、2000年8月のゼロ金利政策の解除に反対票を投じた。景気の下押し圧力が意識されている現状では、拙速な政策判断は回避されるとの見方が多い。
野村総合研究所の木内登英エグゼクティブ・エコノミストは6日付リポートで、4月会合でのYCC修正は「その後に立て続けに政策変更を行うとの金融市場の観測を高め、金融市場を混乱させてしまう可能性がある」と指摘する。市場との対話を重視する観点からも、YCC修正は最短でも6月会合と予想した。
植田氏は所信聴取でYCC修正の具体策について、長期金利目標の年限短期化や許容変動幅の再拡大をオプションの一つとしつつ、他の選択肢もあると語った。副作用対策が狙いでも政策としては金融引き締め方向のアクションにならざるを得ず、景気に自信が持てない中での政策修正は市場の反応を含めてリスクも大きい。
足元で前年比3%台の上昇率となっている消費者物価(生鮮食品を除くコアCPI)について、日銀は23年度半ばにかけて伸びが縮小し、2%を割り込むと見込んでいる。持続的な物価2%の実現には、価格転嫁の内容が現在の原材料コスト高から賃金上昇に代わることが不可欠となる。
注目の春闘は、連合の第3回集計(3日時点)でベースアップと定期昇給を合わせた平均賃上げ率が3.70%と、前年同期の2.11%を大きく上回る。高水準の賃上げを背景に実質賃金がプラスに転換し、賃金と物価の好循環につながることが期待されており、拙速な政策判断が変化の芽を摘む可能性には留意する必要がある。
帝国データバンクが2月に実施した企業アンケート調査によると、企業の約4割(39.6%)が今後1年程度の間に金融緩和の縮小を求めた。金融引き締めは避けたいものの、大規模緩和の副作用への対処が必要との認識が企業から示された。借入金利の引き上げにつながりやすい緩和縮小を企業が期待するのは極めて異例だ。
昨秋にかけての急激な円安進行は、YCC堅持に対する黒田前総裁のかたくなな姿勢も一因との見方がある。輸入物価の上昇に伴う価格転嫁が食料品を中心に現在も続いており、物価高に対する世論の目は厳しい。企業や家計の抵抗感がそれほど強くない環境をうまく金融緩和の修正に生かしていけるか、市場との対話も含めて植田新総裁の手腕が問われる。
理論の限界も理解
関東学院大学経済学部の中泉拓也教授は、約30年前に東京大学で植田ゼミの第1期生として教えを請うた。植田氏は、普通の文章を読むように数式を読み解き、すぐに問題点を指摘し、学生らを感心させたと語る。中泉氏は05年、自身の結婚式に出席した植田氏を「将来の日銀総裁」として母親に紹介したという。
中泉氏は植田氏について「経済見通しも非常にでき、経済理論もしっかり分かっている極めてまれなエコノミストだ」とした上で、「理論を理解しつつ限界があることも理解している。だから特定の理論に固執しない」との見方を示した。ワイン愛好家の植田氏は教室の外では学生らと酒を酌み交わし、時にはカラオケに参加することもあったという。
東京大学の伊藤元重名誉教授は、植田氏とは大学の同級生時代から半世紀に及ぶ付き合いだ。伊藤氏は植田氏を「多弁ではないが必要な時はしっかり言うことは言う。仲間内でもよく信頼されている」と評する。経済に関する見識だけでなく、実務処理能力にも感銘を受けたと振り返る。
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2023-04-09 23:30:00Z
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