[東京 11日 ロイター] - 植田和男総裁に率いられた日銀は、ハト派色を前面に押し出してスタートを切った。世界経済の下振れ圧力に言及した10日の発言は、植田総裁の慎重な政策スタンスを端的に示した部分だと指摘したい。その植田日銀のリスクとなるのは、物価高の継続だろう。米国経済の減速が深まらず、利上げを意識するような展開で円安が進み、物価上昇が長期化した場合、イールドカーブ・コントロール政策(YCC)やマイナス金利の修正を避けて通れなくなるかもしれない。逆に海外経済減速が日本に波及し、国内物価の上昇を妨げる場合も、新たな枠組みへの移行を探る展開となる。
<世界経済の減速リスク、「十分に配慮」の真意>
植田総裁の「ハト派」演出の戦術は、結果として大成功したのではないか。10日夜の会見後、ドル/円は133円台に上昇。11日の東京市場では円安を好感して輸出株などに買いが入り、日経平均は一時、前日比400円を超す上昇となった。
市場では前日の植田総裁のYCCやマイナス金利の継続が適当との発言を受けて、4月の日銀金融政策決定会合でのYCC撤廃はなく、マイナス金利の解除までの道のりも長いと判断したようだ。
ただ、バランス感覚に秀でる植田総裁は、物価目標の2%が安定的・持続的に達成する可能性が出てきて正常化に向かうのであれば「行かなければならない」と言及する一方、それが難しいのであれば「より持続的な金融緩和の枠組みが何か、探っていかなければならない」と2つの選択肢を並記している。
つまり、6月会合後のスタンスについては内外の経済情勢次第と言ったということではないか、と筆者は受け取った。
その経済情勢に関し、重要なメッセージがあった。それは世界経済の下方屈折リスクへの言及だった。「世界経済がややスローダウンの方向に入っている、さらに下振れのリスクがあるということは十分に認識している。日本経済の今後の状況判断においては、その点を十分に考慮して毎回の政策決定に当たっていく」と述べた。
これから外需経由で日本経済に逆風が吹き付けてくる可能性が高まるかもしれないと警鐘を鳴らしたと言っていいだろう。したがって基本的には、YCCやマイナス金利の修正にはかなり慎重なスタンスで臨むことになると筆者は考える。
<高止まるコアコアCPI>
米経済の減速が予想よりも弱く、米インフレ率の鈍化が止まりそうな情勢となった場合は、市場がFRBによるさらなる利上げを予想し始め、ドル/円が円安方向に動きやすくなっている可能性がある。
このケースでは、日本の物価動向が植田日銀のハト派路線にとって大きな障害になりかねないと予想している。
植田総裁は10日の会見で「基調的なインフレ率は少し上がってきている」と述べたが、持続的・安定的に2%を達成する状況ではなく、その間は現在の超緩和政策を維持していく方針を繰り返し強調した。
同時に「賃金まわりで少しよい動きが出てきている」とし、安定的・持続的なインフレの達成に「つながることは十分にあり得る」とも述べ、中期的に2%の物価目標を達成する可能性にやや踏み込んだ。
植田総裁が想定しているように「ゆっくり」と基調的な物価が上がってくればよいが、そうではない可能性もあるのではないか。
2月の生鮮食品とエネルギーを除く消費者物価指数(コアコアCPI)は前年比3.5%上昇と2%を大きく上回っており、前月比も0.4%上昇と年率にすると5%近い上昇となっている。
<不気味なサービス上昇の足音>
一部の民間エコノミストは、日銀と同様に2023年後半には、生鮮食品を除く消費者物価指数(コアCPI)が1%台後半に減速すると予想しているが、企業は原材料価格の上昇を製品価格に転嫁し切れておらず、最終消費財の値上げの動きは収束する気配を見せていない。日本の物価上昇が世界の主要国に比べて「周回遅れ」となっていることを軽視すべきではないだろう。
また、財と比べて上昇率の低かったサービス価格が足元で上昇ペースを高めており、この点も要注意だ。2月全国CPIでサービスは前年比1.3%上昇、消費者の実感に近い持ち家の帰属家賃除くサービスは同1.9%まで上がってきた。
3月以降はJRや私鉄の運賃、宅配便の配送料の値上げもあり、さらにサービス価格は上昇するだろう。今年の春闘での賃上げ率は3.70%、そのうち中小企業は3.42%(連合が5日に公表した結果)となっている。事前の予想を上回る勢いとなっており、大幅な賃上げが一定のタイムラグを伴ってサービス価格をさらに押し上げる可能性が出てきたようだ。
世界的な需要鈍化で輸出系企業の業績に下押し圧力がかかったとしても、サービスを中心とした内需系の価格は、これまで「我慢してきた」分も加わって年後半以降に上昇率を高める可能性があると筆者は考える。
<物価上昇持続なら、日銀の政策対応も>
もし、年後半になってもコアコアCPIが3%台の上昇率を維持し、政府のエネルギー価格支援策が9月で終了することになると、基調的な物価上昇率は2%に接近もしくは2%台に達する展開もあるのではないか。
植田総裁は会見で「急に正常化すれば、市場も大きな調整迫られる。前もって的確な判断をしていかなければならない」とも述べていた。
コアコアCPIに上昇鈍化の兆しは見えないまま梅雨明けし、夏場から秋口を迎えた時に世界経済の減速が想定よりも弱かったら、日銀が政策修正に向けて「地ならし」のような情報発信を始めている可能性もゼロではないだろう。
ハト派の植田日銀が「豹変」するとすれば、そのきっかけは市場の想定を超えた物価上昇の持続ではないかと予想している。
<ドル/円の方向性、日銀対応推し量る目印に>
一方、世界経済の減速が明らかになり、米連邦準備理事会(FRB)の利上げが5月で打ち止めとなることがはっきりすれば、ドル/円の上値は限定的となり、場合によっては円高方向にシフトするかもしれない。そのケースでは6月会合におけるYCCの修正ないし撤廃も見送られる可能性が高まるだろう。
世界経済の減速─日本経済への波及ー日銀の金融政策への影響というパスを考える場合、マーケット参加者にとってはドル/円の推移がもっともわかりやすい「目印」となり、円高方向の動きは日銀の政策修正の動きを止める大きな要因になりそうだ。
ただ、海外経済の減速が鮮明となり日本経済の落ち込みが目立つことになれば、2%の物価目標達成は遠のき、より持続的な緩和の方法を探る、2つ目の選択肢に移行する状況をもたらす可能性もある。日本経済への打撃がより大きくなると見込まれれば、副作用の大きなYCCを含む量的・質的金融緩和でなく、量を基準とする量的緩和政策を再び採用する選択肢も排除できない。
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2023-04-11 07:46:00Z
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